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大阪高等裁判所 昭和56年(く)143号 決定

少年 S・S(昭三九・三・八生)

主文

原決定を取り消す。

本件を京都家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人○○○○及び同○△○○共同作成の抗告申立書、少年本人作成の抗告申立書、附添人○○○○作成の抗告理由補充書、附添人△△○○作成の抗告理由補充書及び同補充書(その二)、法定代理人S・U作成の抗告申立書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

附添人○○○○及び同○△○○共同作成の抗告申立書第三点(法令違反の主張)について

論旨は、要するに、(一)原裁判所は、附添人が本件の審理に必要であると思料してした現場検証の申請、昭和五六年一一月一三日付証拠調の申請を却下し、専ら人証と報告書、意見書など科学的な捜査に欠けた警察側の資料のみに頼つて本件非行事実の認定をしているが、右は採証法則に違背し、憲法三一条にも違反している、(二)原裁判所が、本件のように審理に三年八か月の長期を要した問題の多い事件について、決定書を作成しないで言渡しをなし、その場で執行指揮をして少年を播磨少年院に送致した一連の措置は、少年審判規則二条をはじめ少年法の精神を無視したもので違法である、というのである。

よつて、検討するのに、原裁判所が、附添人から職権発動を求めてなされた所論指摘の申請を却下したことは、所論のとおりであるけれども、本件記録によつて認められる少年に対する調査及び審判の経過並びに原決定の説示に徴すると、原裁判に所論のように警察側の科学的捜査に欠けた証拠資料にばかり頼り採証法則ないし憲法三一条に違反するかどがあるとは認められない。

また、記録によれば、原裁判所が昭和五六年一二月七日(第二九回審判)の審判期日において少年に対し中等少年院送致の決定を言い渡した際原決定書が作成されていなかつたと認められること、原裁判所が右決定を言い渡した後直ちにその執行指揮をなし、家庭裁判所書記官及び家庭裁判所調査官をして原決定の執行に当らせ、その日のうちに少年が播磨少年院に収容されたことは、所論のとおりであるが、原裁判所の右措置が少年審判規則二条をはじめ少年法の精神に反して違法であるとは認められない。

そのほか所論にかんがみ記録を精査して検討してみても、原決定に所論のような法令違反はなく、論旨は理由がない。

(編中略)

附添人○○○○及び同○△○○共同作成の抗告申立書第二点、附添人△△○○作成の抗告理由補充書第二点及び同補充書(その二)第二点(いずれも処分不当の主張)について

論旨は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を精査し、当裁判所の事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件非行事実は当時中学二年生であつた少年が自己の通学する中学校校舎に三回に亘り連続放火したというものであり、事案の性質、行為の態様、ことに非行が計画的に反覆して行われていること、校舎一棟を全焼させるなど結果は重大であり、本件が近隣社会に与えた影響も深刻であること、少年の性格特性として非社交的で自己防衛が強く、抑うつ、不安感情に支配される傾向があること、少年の家庭は富裕な商家で両親も健在であるが、両親とも少年のえん罪を固く信じ、非行を否認する少年に対して庇護的態度に終始していること等の諸事情に照らすと、非行後長期間を経過して少年が心身ともに成長し社会的視野も広くなつていることを考慮しても、なお少年を庇護的な保護者から切り離して専門の施設教育の指導に委ね、これを通して少年に内省の機会を保障し、もつて少年の健全な育成を図ることが適切であると判断し、少年を中等少年院に送致した原決定の処分にも、首肯しうるところがないわけではない。

しかしながら、本件は少年の中学二年生時の非行(三回の放火のうち二回は触法行為である。)であつて、その原因は幼児期から中等度の難聴という身体的負因を有する少年の孤独で内向的、抑うつ的性格と社会性の未熟さにあると認められるところ、非行当時一四歳前後であつた少年は、本件後綾部市の○○中学校に転校し、昭和五四年三月に同中学校を卒業後京都府立○○高等学校農芸化学科に進学し、原決定当時には同高等学校の三年生(満一七歳九か月)となつて大学進学の決意をもつて勉学に励んでおり、その間何らの非行のないことはもちろん、怠学、喫煙等の問題行動も一切なく安定した学校生活を継続して来たことからみて、少年の心身の成長は一応順調であり、本件非行当時に認められた社会性の未熟さも克服されつつあり、再非行の危険はまつたく認められない。少年が順調に成長して来ながら、原決定までの三年八か月という長期の審理期間中一貫して否認する態度をとり続けたことは事実であるが、それはかならずしも少年に罪障感が欠如し、内省が欠落していることによるものではなく、高学歴を有し福知山市で手広く飼料米穀商を営む父親が頭から少年の無実を信じてその立証のために本件火災当時から熱心に奔走して来たために、それでなくても三人兄弟の長男で保護者に対する依存的傾向の強い中学二年生の少年が父親の右姿勢に影響を受けたという一面のあることが認められ、このような少年の依存的性格にはそれなりの問題があるといえるが、それも少年の大学進学(昭和五七年四月から名古屋市の○○大学農学部農芸化学科へ進学した。)に伴い両親の許を離れ、単身での下宿生活を体験する中で徐々に解消されることが期待される。少年の家庭は、父方祖母、両親及び弟二名からなる六人家族であるが、家庭内葛藤はなく、父親にも少年の監護についての熱意はあり、両親の教養、経済力等からみて少年に対する保護能力にも格別の欠陥はなく、保護観察機関の少年に対する教育指導に協力する用意のあることも認められる。

以上のような諸般の事情を勘案すると、本件非行の時から原決定の時まで三年八か月を経過し(審理にこのような長期を要したことについては、本件が否認事件であるため多数の証人を喚問するなど審理自体に日時を要したことのほかに、担当裁判官が交替したことによる一年余の審理の空白期間があることも一因となつている。)、今や大学へ進学し人生の転機に立つている少年に対し、施設収容による矯正教育をもつて臨まなくても、在宅保護によつても十分に少年の教化育成をはかることができると認められるから、少年を中等少年院に送致した原決定は、その処分が著しく不当であるといわねばならない。本件抗告は、この点において理由がある。

よつて、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 竹澤一格 安原浩)

〔参照二〕 受差戻し審(京都家 昭五七(少)三八六四号 昭五七・一一・一五決定)

主文

少年を名古屋保護観察所の保護観察に付する。

理由

(非行事実)

本件記録中の昭和五六年一二月七日付京都家庭裁判所舞鶴支部決定(同支部(少)第一七六号、第二二五号併合事件)記載の非行事実と同一であるから、これを引用する。

(適用法令)

第一及び第二事実について 各少年法三条一項二号、刑法一〇九条一項

第三事実 刑法一〇九条一項

(処分の理由)

少年に対しては、本件非行の態様ならびに性格環境等の情状に照し、保護観察による継続補導を加えるのを相当と認め、少年法第二四条第一項第一号、少年審判規則第三七条第一項により主文のとおり決定する。

なお、本件証人旅費等の費用は、徴収しない。

処遇勧告書〈省略〉

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